第43回(加藤良三)

「日米関係―アメリカについて感じたこと―」

――アメリカにとって、日本は重要な同盟国です。それはもうレトリックではなくて、本質的にそうである。日本の経済、技術の素晴らしさ、日本の文化の浸透力、基本政策の価値観に基づく一貫性、こういうのを見たら、これほど信頼できる同盟国というのは少ないというのが現状である。そういう日本を重視しない大統領がいるとは、とても私には思えない。

要は、日本がどうするかであります。日本が何をしたいのか、何をしたくないのか。何をすべきだと思っているのか、何をすべきでないと思っているのか。これをアメリカにぶつける方が先ですね。特にアメリカはお取り込み中ですし。

アジアについてもそうです。日米関係、日米関係と言っていますけれども、アメリカのこういう世界の中の位置付け、国際問題の膨大さの中では、日米二国間関係というのはこれぐらいの比率(指で小さいジェスチャー)になりますよ。その日米二国間関係だけに埋没しても、打開の道はないと私は思っていて、オバマと話す時に、例えば日本がアフリカに対してどうしようと思っているのか、さっき言った援助哲学も含めて話した方がいい。

アメリカとイランと対話を持つべきだと思います。しかし、どういう対話をせよとアメリカに言うのか。対話しろというだけでは意味がありません。お互い考えるべきポイントは何か。イランは大国志向である。これは間違いない。

しかし、どういう大国になるつもりなのか。1922年、ワシントン条約の頃の日本も大国になろうとしていた。しかしあの時日本は具体的、明確に、どれ位のどういう大国になろうとしていたのか。ナンバー1狙いなのか、ナンバー3狙いなのか。ベスト5入り狙いなのか、10位に入っていればいいと言うことなのか、そこらは描けていなかったと思う。
今どういう大国像をイランが描いているのか。その点については1922年頃の日本と似た面があるのじゃないか。このままで処方箋が描けるわけではないが、アメリカと日本は一緒に考えるべきだ、といったような話とか。

それから、最近のトルコとはどうなっているのだろう。NATOの一員として貢献してきたけれども、EUへの加盟はイスラムなるが故に阻止されたり、屈辱を味わって、今トルコはトルコなりにイスラエルとシリアの仲介など独自路線をとろうとしている。
ネオ・オットーマニズムとでもいうべきか。カスピ海の石油というのを我々が考えた場合、ロシアを経由しない、イランを経由しない、そういうパイプラインが可能なのかどうか、トルコ抜きでは語れない。

今後トルコという大国を日米はどう位置付けたらいいのだろうね、というような議論もしたらいいのですね。

もしマスメディアが日本に戦略が無いといって批判するのであれば、イラン、トルコ、中東和平といった問題について、短期的な経過報告でなくて、問題の原因について踏み込んだ説明をニュース番組でしたことがありますか?

アメリカのジャーナリストが、アメリカのメディアの現状について2006年のあるシンポジウムで述べた言葉があります。「アメリカのメディアは、今やインフォメーションではなくインフォテインメント(infotainment)に狂奔している」、「インフォメーションとエンターテイメントがゴチャ混ぜになっている。
ニュース(news)はもはや、ファストフード(fastfood)化している」と。「塩と油で固めて、束の間の腹を満たすような。供給する方も、それを供給される方も、それが結局は身体に悪いという事を知っている。だけど供給し続け、食べ続ける。こういう関係が続いている」と。

メディアの質の低下。アメリカのジャーナリズムはマクドナルドならぬマックジャーナリズムに惰しつつある事と、こういう事でありました。
日本のメディアも危ないんじゃないかと私は思っています。

しかし日本国民は、実にすぐれた国民である。私はもし、――そういう世論調査は行われないでしょうけれども―― 一番資質の高い国民は誰かというという世論調査を、例えばワシントンで行ったら、日本人が一位になる可能性があると思っています、かなり高い確率で。教育水準の高さ、信頼性、誠実さ、それからdemeanour(態度)、躾、挙措動作の正しさ、いい事はするけれども悪いことはしない。そういう国民としてものすごく評価が高い。

ちなみに、アメリカの中における日系人もそういう評価を受けておりまして、アメリカ国内における日系人は、「世界における日本人」というイメージとダブるところがあるように思われますが、その点はともかくと致しまして、日本人の評価は非常に高い。

ところがその日本人が、寄って集まって作る最大のグループである国が何を考えているのか。これが必ずしも明確にならない。
私も日本に帰って来て、日本の中にオプティミズムが足りないという事を強く感じました。アドレナリンが走っていない。世界の中でこれだけ、いい位置につけている日本であるにも拘らず。

一滴のオプティミズムの注入で日本は、変わると思います。
そういう国民だと思います。ちなみにオプティミズムというのは、ペシミズムと本質的に違うんですね。ロバート・ゲーツさんという現共和党政権の国防長官で、非常に冷静緻密な人、優れた愛国者。オバマさんも彼を留任させると言われているんですけれども、この人が情報の任務についていた時、自分はペシミストであろうと努めたと述べています。
あらゆる事実(facts)を総合して、最悪のシナリオはどうなるかという事を考え、上層部に提起し続けた、それが使命と思ったからだと。

そうですよね。人は職種によってはペシミスト(悲観主義者)である必要がある。情報関係の人間が「いや、何も問題ありません。アハハ」なんて言っていたら(会場笑)、こっちが寒くなりますからね。

しかし政治のリーダー、国を引っ張る立場にある人、評論家でない人なら、オプティミズムの要素がいる。オプティミズムというのも、根拠の無いオプティミズム、これは馬鹿という事ですから(会場笑)。そういう事を奨励するわけじゃありません。

ただ、困難な問題はあるが、解決の可能性、糸口はあるという時に、この問題は解決出来るぞと、俺は解決するぞと、その手段はこうだという風に踏み切る。
その決意、デタミネーション(determination)、コミットメント(commitment)、これがオプティミズムとペシミズムの根本的な違いだと思います。日本人は一人一人がそれを出来る国民なのに、なぜかマスメディアの影響もあってか、人を萎縮させる方向へ、委縮させる方向へとばかり動いている。

国民の持てるエネルギーと創意工夫、能力を発揮させない方向に、抑え付ける方向にと動いている気がします。その間世界が日本の動向を見つめているという、その視線のことは忘れてしまっている。

その呪縛を断ち切る必要がある。ほんの一滴のオプティミズムの注入で、日本国民はすごく変わると私は確信しております。――

講演録全文は下記をクリック下さい。

日米関係―アメリカについて感じたこと―(その1)

日米関係―アメリカについて感じたこと―(その2)

日米関係―アメリカについて感じたこと―(その3)

日米関係―アメリカについて感じたこと―(その4)

日米関係―アメリカについて感じたこと―(その5)

日米関係―アメリカについて感じたこと―(その6)

日米関係―アメリカについて感じたこと―(その7)

日米関係―アメリカについて感じたこと―(その8)

日米関係―アメリカについて感じたこと―(その9)

日米関係―アメリカについて感じたこと―(その10)

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