第22回(その1)(邱 淑恵)

孟子の母親の教育「孟母三遷」

――では本題に入ります。
「孟母三遷」の教えということですが、実は、孟母は、わが子の将来のために三回も家を住み替えたんですよ。
なぜでしょうか。恐らく若い人は知らないでしょうね(笑)。年配の方は、年の功ですからわかりますね(笑)。
私は笑わせながらお話します(笑)。笑うと健康に役立ちますからね(笑)。
孟子一家は、最初はお墓の近くに住んでいました。貧乏で、土地の安いお墓の近くに住むしかなかったんですね。
ところがお墓の近くで育てたものですから、子供である孟子は、お葬式を見て、お線香を立てる真似をしたり、お墓を掘ったりして遊ぶんですね。
それを見て、「ここは自分の子供にとって、良い環境ではない」と思うと、孟母はすぐに引っ越しました。
日本では引っ越すのは大変ですよね。新しいマンションとかに住もうとすると、保証人もいるし、敷金、礼金も取られます。私が日本に来た時も大変でした。
そして次に商店街、市場の近くに住みました。
商店街と言うより、屋台が並んでいるところですね。大声を出して安く物を売ったりする大変賑やかなところです。
ところが孟子は、またそれに影響されまして、「安いよ、安いよ」と言いながら商売人の真似をして遊ぶようになった。

ただ中国では、もう一つ別の説があります。
それは豚や牛などの、屠殺(とさつ)場の近くに住んでいたというものです。また、孟子が影響されて屠殺する真似をしながら遊ぶようになりました。
それでまぁお母さんは、「これは相応しくない」として、また引っ越しました。
次に引っこしたのは、学校の近くです。
学校と言っても、いわゆる私塾ですね。私塾は、ただ学問を習うだけではなく、天を祀る時、先祖を祀る時の礼儀作法を習うところです。
そこで学ぶ人たちの姿を見た孟子は、また影響されるんですね。
読書をしたり、地面に文字を書いたりして遊ぶようになった。
「ここが孟子にとって一番いい環境だ」と思って、やっとお母さんは安心したわけです。
これが「孟母三遷」の教えです。――

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「孟子の母親の教育「孟母三遷」 」(PDF:466KB)

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