第1回(その2)(朱 伯昌)

 

大学の「修身」、「斉家」、「治国」、「平天下」

――日本論語研究会は、「論語」についての研究をしていますが、今日ここでは「大学」についてお話します。
「大学」とは、孔子が弟子の曽子に教えたことを、曽子の弟子がまとめたものです。
「大学」の最初にこういう言葉があります。
「大学の道は明徳を明らかにするに在り。民に親しむに在り。至善に止まるにあり。」
ここでの「大学」というのは、高等教育の「大学」ではありません。「大学」というのは、「大を学ぶ」ということです。
大とは何か。それは天です。天が最も大きいのです。
では天の何を学ぶのか。それは天の徳を学ぶということです。
天を学ぶには「明徳」、すなわち天から与えられた徳性を磨き上げ、「民親」、つまり自分が磨き上げた徳性を周りの人々にも広め、ありは自分の知らないうちに身につけた徳性によって、人々に影響を与える。そして、これらを至高至善の地位に保たせることが重要なのです。
これが最も大切なことで、「甲」の部分に当ります。例えば、魚を採る際も甲の部分を持って、網を引っ張れば、たくさんの魚が採れますね。
ではどうやってこれを身につけるのかということですが、「大学」に「八条目」という八つのことについて書いてあります。
「物に格る(格物)」、「知を致す(致知)」、「意を誠にする(誠意)」、「心を正しくする(正心)」、「身を修める(修身)」、「家を斉える(斉家)」、「国を治める(治国)」、「天下を平らかにする(平天下)」。
この八つの項目は、単に「大学」を読むだけでは実現できるものではなく実践しなければなりません。

まず一番の基本は、「物に格る」ということです。
これは物事の道理を理解することで、その本質を究明するという意味です。
また「格」というのは、「取り除く」という意味を持っています。つまり心の中にある貪り、怒り、高慢、嫉妬、欲といった悪いものを取り除くのです。
例えば、「貪る」という字を思い出してください。「貪」という字の一画をずらせば「貧しい」の「貧」になりますね。貧乏の「貧」です。
ちまり何でも「欲しい、欲しい」と欲張る人は「貧乏」なのです。そして欲に駆られる人というのは、自らをコントロールできず、やがて犯罪に走ります。これを取り除かなければならないのです。

二つ目に「知を致す」。
「知を極める」とうことです。
ここでいう「知」というのは学問上の知識ではありません。人間が生まれながらに持つ「知恵」です。「致」とは引き起こすという意味を持ちます。
つまり、知恵を発揮しながら物事を進めていけば全て成功するわけです。
そうすれば、心の中に「良心」が現れます。「良心」とは自分を騙さない、他人を騙さないということです。
他人を騙そうとすると、「自分は悪いことをしている」と感じながらも、「今回限りにしよう」といった言い訳を心の中で探し、自分を騙そうとするのです。

三つ目に「意を誠にする」。
「意」とは自分の考え方、「誠」は嘘を吐かないということです。自分の発する主張に責任を持って、正直に熱心に物事に当たるという心を言います。

四つ目に「心を正しくする」。
「正しい」という字を考えてみてください。「正」というのは「一」と「止」という字でできています。「一」とは心、すなわち「良心」を指します。私たちは常に「良心」に止まることで、正しく行動できるのです。

以上の四つを極めれば、儒学における極めて高いレベルに達することができます。それは「内聖外王」、つまり「内なる自分の徳を高める」ことが同時に「外の他人を律する」ことになるわけです。
「内聖外王」についてさらに詳しく説明しますと、まず挙げられるのは「身を修める」ということです。
「修身」を、さらに深く追求すると、自分の心を修めるということになります。
心を修めるというのは、自分の間違った考えを修正していくということです。一方、身を修めるということは自分の間違った行動を修正していくということにもなります。
若干、意味が異なるかもしれませんが、自分の行動を正すには、まず心を正すのが先ですよね。心を修めて初めて身を修められるのです。
そして「家を斉える」。
身を修めることができれば、夫婦、親、兄弟姉妹といった家族、つまり自分の一番身近な人々にもいい影響を与えることができます。家族はそれぞれに知識の量も能力もバラバラです。
しかし徳によって一つになれるのです。そして徳によって一つになれば、やがて、社会全体にもいい影響を与えることができるのです。つまり「国を治める」ということです。
よく「国家」という言葉を耳にしますが、「国」というのは「家」なのです。たくさんの「家」があるから「国」が成り立つのです。
言い換えれば、「家」の中が荒れていれば、「国」も荒れているということになります。
「国」の足腰は「家」なのです。そして「家」の足腰になるのは「自分」です。
儒学の思想というのは何よりまず自分を変えることからスタートします。自分を変えることができたら、自然と身の回りの人々にもいい影響を与え、国全体が栄え、そして争いや、物の奪い合いがなくなり、「天下を平かにする」、つまり平和な世の中が築けるのです。――

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「大学の『修身』、『斉家』、『治国』、『平天下』」(PDF:476KB)

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