田村重信

「継続することが目的-5年目を迎えた日本論語研究会」

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「日本でいちばん大切にしたい会社」

――それじゃ、最後、これ読んでみましょう。また何か出るかもしれないですね。
『日本でいちばん大切にしたい会社』について、この個所を読んで泣けました。
障害者の方々がほめられ、役立ち、必要とされる場をつくりたい―日本理化学工業株式会社―五〇年前に知的障害を持つ二人の少女を、「私たちみんなでカバーしますから」という社員たちのたっての願いで採用した日本理化学工業。今、この会社の障害者雇用率は、社員の七割に及んでいます。
会社は、売上げをあげるために、利益を上げるために存在しているのではありません。本当に人々に必要され、社員たちも誇りをもって働くことができる、その結果、みんなが幸福を感じることができる、そんな会社になるために存在しているのです。

―社員の七割が障害者の会社―

 従業員約五〇名のうち、およそ七割が知的障害を持った方々で占められている神奈川県川崎市のその会社は、多摩川が近くに流れる、静かな環境のなかにあります。
この会社こそ、日本でいちばん大切にしたい会社の一つです。昭和十二年(一九三七)に設立された「日本理化学工業」は、主にダストレスチョーク(粉の飛ばないチョーク)を製造しており、五〇年ほど前から障害者の雇用を行っています。
そもそものはじまりは、近くにある養護学校の先生の訪問でした。昭和三十四年(一九五九)のある日、一人の女性が、当時東京都大田区にあった日本理化学工業を訪ねてきたそうです。
「私は養護学校の教諭をやっている者です。むずかしいことはわかっておりますが、今度卒業予定の子どもを、ぜひあなたの会社で採用していただけないでしょうか。大きな会26社で障害者雇用の枠を設けているところもあると聞いていますが、ぜひこちらにお願いしたいのです」
障害をもつ二人の少女を、採用してほしいとの依頼でした。
社長である大山康弘さん(当時は専務)は悩みに悩んだといいます。
その子たちを雇うのであれば、その一生を幸せにしてあげないといけない。しかし果たして今のこの会社に、それだけのことができるかどうか…。そう考えると自信がなかったのです。
結局、「お気持ちはわかりますが、うちでは無理です。申し訳ございませんが…」しかしその先生はあきらめず、またやって来ます。また断ります。またやって来ます。それでも断ります。
 三回目の訪問のとき、大山さんを悩ませ、苦しませていることに、その先生も耐えられなくなったのでしょう、ついにあきらめたそうです。しかしそのとき、「せめてお願いを一つだけ」ということで、こんな申し出をしたそうです。「大山さん、もう採用してくれとはお願いしません。でも、就職が無理なら、せめてあの子たちに働く体験だけでもさせてくれませんか? そうでないとこの子たちは、働く喜び、働く幸せを知らないまま施設で死ぬまで暮らすことになってしまいます。私たち健常者よりは、平均的にはるかに寿命が短いんです」
頭を地面にこすりつけるようにお願いしている先生の姿に、大山さんは心を打たれました。「一週間だけ」ということで、障害をもつ二人の少女に就業体験をさせてあげることになったのです。

―「私たちが面倒をみますから」―

 就業体験の話が決まると、喜んだのは子どもたちだけではありません。先生方はもちろん、ご父兄たちまでたいそう喜んだそうです。
会社は午前八時から午後五時まで。しかし、その子たちは雨の降る日も風の強い日も、毎日朝の七時に玄関に来ていたそうです。
お父さん、お母さん、さらには心配して先生までいっしょに送ってきたといいます。親御さんたちは夕方の三時ぐらいになると「倒れていないか」「何か迷惑をかけていないか」と、遠くから見守っていたそうです。

 そうして一週間がすぎ、就業体験が終わろうとしている前日のことです。「お話があります」と、十数人の社員全員が大山さんを取り囲みました。
「あの子たち、明日で就業体験が終わってしまいます。どうか、大山さん、来年の四月一日から、あの子たちを正規の社員として採用してあげてください。あの二人の少女を、これっきりにするのではなくて、正社員として採用してください。もし、あの子たちにできないことがあるなら、私たちがみんなでカバーします。だから、どうか採用してあげてください」
これが私たちみんなのお願い、つまり、総意だと言います。
社員みんなの心を動かすほど、その子たちは朝から終業時間まで、何しろ一生懸命働いていたのです。
仕事は簡単なラベル貼りでしたが、十時の休み時間、お昼休み、三時の休み時間にも、仕事に没頭して、手を休めようとしません。毎日背中を叩いて、「もう、お昼休みだよ」「もう今日は終わりだよ」と言われるまで一心不乱だったそうです。
ほんとうに幸せそうな顔をして、一生懸命仕事をしていたそうです。誰でも何かの役に立ちたい社員みんなの心に応えて、大山さんは少女たちを正社員として採用することにしました。
一人だけ採用ということはかわいそうだし、何よりも職場で一人ぼっちになってしまいやすいのではないか、二人ならお互い助け合えるだろうということで、とりあえず二人に働いてもらうことになりました。
それ以来、障害者を少しずつ採用するようになっていきましたが、大山さんには、一つだけわからないことがありました。どう考えても、会社で毎日働くよりも施設でゆっくりのんびり暮らしたほうが幸せなのではないかと思えたのです。
なかなか言うことを聞いてくれず、ミスをしたときなどに「施設に帰すよ」と言うと、泣きながらいやがる障害者の気持ちが、はじめはわからなかったのです。
そんなとき、ある法事の席で一緒になった禅寺のお坊さんにその疑問を尋ねてみたそうです。
するとお坊さんは「そんなことは当たり前でしょう。幸福とは、
 ①人に愛されること、
 ②人にほめられること、
 ③人の役に立つこと、
 ④人に必要とされることです。

そのうちの②人にほめられること、③人の役に立つこと、そして④人に必要とされることは、施設では得られないでしょう。この三つの幸福は、働くことによって得られるのです」と教えてくれたそうです。
「その四つの幸せのなかの三つは、働くことを通じて実現できる幸せなんです。だから、どんな障害者の方でも、働きたいという気持ちがあるんですよ。施設のなかでのんびり楽しく、自宅でのんびり楽しく、テレビだけ見るのが幸せではないんです。真の幸せは働くことなんです」
 普通に働いてきた大山さんにとって、それは目からウロコが落ちるような考え方でした。これは、働いている多くの人たちも忘れていることかもしれません。それを障害者の方によって教えられたのです。

――ということなんですね。

 今ぼくはブログで本の紹介をやっていまして、結構ぼくの本の紹介はいいよということをよく言われるんです。100冊以上、本の紹介をしてます。ただ、一つの本で2回に分けて紹介した本ってこの一つなんです。それだけぼくは感動しました。
出版社の方からも、ぼくのブログに「この本を紹介してもらってありがとうございます」とお礼が届きました。出版社も、この本を広めることによって日本をよくしたいんだということを言っていました。
そんなようなこともありまして、ちょうど一つの本にめぐり会って、本当にいま読んだところを読むと、今日は涙出なかったんですが、涙が出るんです。
そしてまた、ぼくのブログにこのことを書いて、ある外務省の職員さんも、ぼくのブログを見ながら涙がボロボロ出て、本をすぐ買いましたというようなことを言っているわけです。――



掲載当時のブログ記事は、下記リンクをクリックしてご覧いただけます。

2009年01月05日  日本でいちばん大切にしたい会社(坂本光司著、あさ出版)(その1)

2009年01月06日  日本でいちばん大切にしたい会社(坂本光司著、あさ出版)(その2)



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「継続することが目的-5年目を迎えた日本論語研究会」(PDF:352KB)


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